守られなかった「避難の権利」
原発事故後、原子力災害対策本部によって決定された避難指示区域は、年20mSvという高い基準をもとに設定されたもので、住民の意見が反映されたとは言い難い。チェルノブイリ原発事故後、制定された「チェルノブイリ法」のように、住民が居住し続けるか避難するかを選択できる区域は設定されなかった。政府の避難指示区域外からも多くの避難者が、賠償のあてもなく、「自主」避難を強いられた。福島市・伊達市・二本松市・郡山市などの中通りでは、避難指示区域と同等の汚染レベルに達していた場所もあった。経済的な理由、家族の事情などで、避難したくても避難できない人たちもいた。
その後、2012年、「原発事故子ども・被災者支援法」が与野党の全国会議員の賛成のもとに成立した。同法では「放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分解明されていない」(第一条)、国の「これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任」(第三条)について明記し、これを踏まえ、「居住」「避難」「帰還」の選択を被災者が自らの意思で行うことができるよう、医療、移動、移動先における住宅の確保、就業、保養などを国が支援するとした。「放射線量が年20mSvを下回っているが一定の基準以上である地域」を支援対象地域とした(第八条第一項)。
しかし、同法に基づく被災者支援は実際はわずかなものにとどまった。
相次いで打ち切られた住宅支援
原発事故による避難者の多くが、災害救助法に基づく借上住宅制度(みなし仮設)を利用して生活をしてきた。2017年3月、この制度に基づく政府指示の避難区域以外の避難者(いわゆる自主的避難者)約2万6,000人の住宅提供が打ち切られた。それでも、福島県外では区域外避難者の78%もの人たちが避難継続を選択した1。わずかに続いてきた低所得者向けの家賃支援も2019年3月に打ち切られた。
また、旧避難区域ですでに解除された川俣町、川内村、南相馬市小高区、葛尾村、飯舘村の帰還困難区域以外などからの避難者の住宅提供が2019年3月に打ち切られ、2020年3月には、富岡町、浪江町、葛尾村、飯舘村の帰還困難区域向けの住宅提供が打ち切られる。
避難者の困窮と避難生活の苦しみ
区域外避難者は、子どもや家族を守るため、賠償も支援もなく避難を決断した人が多い。2011年12月、ようやく認められた賠償も一律少額で、避難に伴う経費をカバーするには程遠い額であった。孤立し、困窮化しているケースも多い。中には、高齢者、障がい者を抱えている人や、シングルマザーで頼る人がいないという人もいる。
最も多くの避難者が生活する東京都が2017年5月に発表したアンケート調査2(都内避難者向け。避難指示区域内外の避難者、福島県外からの避難者含む)では、世帯代表者の年齢が 60 歳以上の世帯が過半数を占めていること、単身世帯の割合が多く、増加していること、「無職」が全体の47%に上っていることなどが明らかになっている。
東京都は、2017年3月に住宅提供が終了となった区域外避難者向けにもアンケートを実施している3。その結果、月収が10万円以下の世帯が22%に、20万円以下の世帯が過半数に上り(図)、東京への避難者の経済的困窮が明らかになってきている。また、日常的に連絡・相談できる相手が「誰もいない」とした回答が都内避難者で16.5%にのぼっている。
新潟県が実施する原発事故に関する検証の一環として、宇都宮大学の高橋若菜准教授が、新潟県に避難して原発事故の損害賠償訴訟の原告237世帯の陳述書などをもとに行った調査4では、避難生活の苦しみについて「ふるさとを失ったことへの悲しみ、葛藤」をあげた人が7割を超えた。避難区域外からの避難者は78.7%が「経済的負担」をあげた。このほか新潟県が進める検証では、避難により、正規雇用や自営業者・家族従事者が減少し、パート・アルバイトを含む非正規や無職が増加したことが明らかになっている5。
図 区域外避難者の世帯月収
図 避難者の就業形態の変化
求められる避難者支援のための制度構築
支援からこぼれおちる避難者は困窮し、追いつめられた状況に置かれている。
原子力政策を推進してきた国の責任として、避難者救済のための法・制度・実行体制を抜本的に整えることが求められている。
- 福島県生活拠点課 2017年4月 資料
- 東京都「都内避難者アンケート(第6回)の調査結果について」2017年5月
調査期間:2017年2月16日〜3月10日 837 件(回答率:41.4%) - 東京都「平成29年3月末に応急仮設住宅の供与が終了となった福島県からの避難者に対するアンケート調査の結果について」2017年10月11日。2017年3月末までに応急仮設住宅の供与が終了となった福島県からの避難者(平成28年4月1日時点で都が提供する応急仮設住宅に居住していた629世帯)のうち、応急仮設住宅を退去した世帯で郵送が可能な世帯、570世帯が対象。回答数は172件(回答率:30.2%)
- 第5回新潟県原子力発電所事故による健康と生活への影響に関する検証委員会「生活分科会」(2018年12月27日開催)資料より
- 第2回新潟県原子力発電所事故による健康と生活への影響に関する検証委員会「生活分科会」(2017年12月23日開催)資料。新潟県内の避難者および新潟県内に避難したことがあり現在は他県で生活している 1,174世帯および世帯主以外の大人192人中高生122人へのアンケート調査。